ショーイチ族

大阪市立大学の現役大学生です。応援団という団体に所属しながらたくさんの人を応援させて頂いています。経営についての著書をたくさん読んで絶賛勉強中です。よろしくお願いします。

大学の応援団に入って人生変わった話

現在201710月。僕は今大学3回生で、後期の授業が始まり学祭の準備も始まりバタついているという憂鬱な心境である。

 

勉強をしにこの大学に入ったが、大学に入ってからというもの本気で授業に取り組んだことがほとんどない。おかげで単位もあまりとれていないのが現実だ。常に泣きそうである。()

 

今期は本気で勉強する期間になりそうだ。しかしながら、こんな僕でも大学で唯一打ち込んでいるものがある。それは部活動だ。

 

 

大学の応援団

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僕は応援団という部活に所属しているのだが、世間的に見てもかなりイレギュラーなクラブである。古風な上下関係、真夏でも学ランを身にまとい、男は押忍と返事をする。

 

とても学外の人が寄り付かない時代遅れ感の漂う部活である。なぜ僕がこのような部活に入ったのか。

 

それは新入生が入学してすぐに行われている新歓活動でのこと。

 

大学生活で始めていったのが応援団の新歓であった。楽しかったなあ。大学生とはこんな遊びを365日しているのだという錯覚さえ覚えた。それは4月の頭の新歓だったのだが、4月の後半には入ることを決めていた。

 

なんともあっさりしているように思えるかもしれないが、これでもかなり悩んだつもりである。アイスホッケー部、ボート部、アメフト部とかも魅力的だった。体育会系だけでなく、アイセックや国際交流を活動の中心にしたサークルとも迷った。

 

しかし、運命というのは不思議なもので入学して初めて行った新歓が結局自分の居場所となるとは思ってもいないことであった。自分のためではなく人のためを思い努力するこの団体に心惹かれ、いつの間にやら入団を決めていたのである。

 

そして、現在その感覚が間違っていなかったことを実感している。大学自治の中心としてこの大学を支えるこの応援団で自分を成長させる機会と常に触れ合いながら4年間を過ごせることに四六時中止まらぬ興奮を覚えている。組織の為になれるように自分のすべての力を捧げよう。

 

 

時代と共に変わっていく

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僕が入団した頃は、4回生の幹部には口を聞きにくいもの、恋愛は原則禁止、とても上の言うことに文句を言えるような環境ではなかった。

 

それが僕は良いところと思っていたし、ずっとこのまま硬派でかっこいい団体であってほしいと思っていた。しかし、時代は当時の良さを取り払うように応援団のサークル化を加速させる

 

今現在の応援団はもう僕が入団した当初の応援団ではない。恋愛の話ばかりがはびこり、これからの応援団の在り方について語る団員が少なくなってきていることに、これが時代の力かと悲しみを感じずにはいられない。

 

本当に良くも悪くも変わってしまった。

 

今の応援団必要なものは、自分が組織の核となり将来の応援団の形をイメージしながら応援団をマネジメントする必要性があるということだ。これは一人で何かをしようとするのではない。団員の持てる才能や能力を最大限発揮できる形にシステムを変容していく必要性である。

 

応援団の骨組み(変わらぬ良さ)を変えず、肉付き(システム)だけを変える。これは上下関係が存在するこの団体では最上学年つまり幹部しか成しえないものだと思う。

 

よって、数か月後に始まる僕たちの代では応援団の良さを見極め、次の代へと良い形でバトンを渡せればよいと考えている。そのための自己犠牲ならどんなことでも受け入れる所存だ。

 

 

新たな時代へ

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応援団は今、史上最大の分かれ道の前で立ち止まっている。ここでどちらの道を選ぶかで後の世代の応援団の在り方が決まってしまう。

 

その選択肢の一つは、幹部には口出しできないような硬い上下関係を保ちつつも、その中での先輩後輩の情、男女の情、同期の情などを重んじて理念達成に向かう道である。これまでの応援団のそれである。

 

また一つは、上下の区別は仕事内容の違いだけで、プライベートは上も下もなく遊ぶ。みんなが友達。団内では恋愛に現を抜かす団員が多くなり、できるだけ応援団の活動で忙しくならないように、遊びの時間をもっととれるように活動を決めていく。判断基準は忙しくなりすぎないかどうか。学校のことはその後で考えよう。いわゆるサークル化のその道である。

 

どちらもそれなりの良さを持つが、どちらを優先しても上手くいかなさそうである。最近の団員は迷わず後者を選択しそうな団員ばかりになっていて、古き良き時代の片鱗を知っている僕からしてみれば怖いの一言である。

 

やはり、僕としては前者の良さも取り込みたいし、僕たちの代でも前者と後者の両方の良さ合わせ持つ団体にしたいと考えている。新たな応援団の形は僕たちの代にかかっているのである。

 

 

最後に

いかがだっただろうか。今回は将来の現役応援団員へ向けて書いた記事である。このような時代の過渡期を経て今の応援団があることを知ってもらい、少しでも君たちの判断材料になってくれればいいなと考えた次第である。それでは。